坐禅会模様をレポートした、"地区禅会だより"を紹介します! 禅味
本会は釈迦牟尼会の地方支部であるので、この
坐禅会レポートは機関誌「禅味」に"地区禅会
だより"として掲載されています。
(「禅味」は、釈迦牟尼会の"機関誌"であり、昭和30年3月に創刊されて現在500号を超えています。)
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坐禅会年月
坐  禅  会  の  様  子
29.11〜30.1
(29年11月)25周年記念&出版記念懇親会.. (29年12月)正受庵一泊坐禅会が成功裏に.. (30年1月)禅とマインドフルネス..
29.6〜29.9
(29年6月)無心、時空を超えた働き.. (29年7月)ロスアンゼルス禅センター訪問.. (29年9月)一泊坐禅会のプレ坐禅会..
29.3〜29.5
(29年3月)主と客の4通りの関わり方.. (29年4月)即今只今の自己実現.. (29年5月)回光返照の退歩を..
28.12〜29.2
(28年12月)阿頼耶識を浄化.. (29年1月)原ぬるに夫れ道本圓通.. (29年2月)読書百遍、意自ずから通ず..
28.6〜28.10
(28年6月)苦しみはあなたのものではなく.. (28年7月)「禅を生きる―自覚への道―」.. (28年10月)飯山「正受庵」での坐禅会..
28.3〜28.5
(28年3月)逢著すれば便ち殺せ.. (28年4月)アーラヤ識説では.. (28年5月)禅と唯識..
27.12〜28.2
(27年12月)色即是縁起即是空.. (28年1月)円環縁起図.. (28年2月)空と唯識思想..
27.9〜27.11
(27年9月)全ては一つ心である.. (27年10月)プラスイメージを経験、蓄積して.. (27年11月)腹式呼吸の丹念な継続..
27.6〜27.8
(27年6月)自己の本性に目覚めよ.. (27年7月)「生死」という核心に.. (27年8月)唯識思想の素晴らしさに..
27.3〜27.5
(27年3月)随処作主 立処皆真.. (27年4月)教育が、禅での開眼を契機に.. (27年5月)縛っているものから自由に..
26.10〜27.1
(26年10月)輪廻からの解脱、仏教.. (26年11月)命はひとつであり.. (27年1月)無限の不可思議なる世界..
26.5〜26.7
(26年5月)「観音経」の読誦は.. (26年6月)老師、今年もポーラント摂心に.. (26年7月)再々度の「縁起と空」..
26.2〜26.4
(26年2月)「シューニャ」を、「空」と漢訳.. (26年3月)現象が現象を認識する.. (26年4月)即今、只今の自己に徹し..
25.11〜26.1
(25年11月)「平常無事」の無は.. (25年12月)三つの「花」と無心.. (26年1月)縁起により完全無欠に..
25.8〜25.10
(25年8月)浄土思想と禅... (25年9月)臨済録「内不住根本..」 (25年10月)弥陀の誓願...
25.5〜25.7
(25年5月)坐水月道場 修空華万行.. (25年6月)老師、ポーランド、オランダで接心.. (25年7月)作曲、「歎異抄」3部作..
25.2〜25.4
(25年2月)得一法、通一法なり.. (25年3月)臨済録「大徳、三界無安..」 (25年4月)風性常住、無処不周なり..
24.11〜25.1
(24年11月)21周年、老師来長100回.. (24年12月)うを水をゆくに、ゆけども.. (25年1月)新春坐禅会「茶禅一味..」
24.8〜24.10
(24年8月)法いまだ参飽せざるには.. (24年9月)基礎講座に参加された方が.. (24年10月)生死なしを真に理解..
24.5〜24.7
(24年5月)万法に照らされて在る.. (24年6月)ただ、ひとーつ、と唱え.. (24年7月)灰は灰、薪は薪で..
24.2〜24.4
(24年2月)人舟にのりてゆくに.. (24年3月)そのままの命をいただいて.. (24年4月)布施であり、発菩提心で..
23.11〜24.1
(23年11月)一喝は一喝である.. (23年12月)まさしく諸仏なるときは.. (24年1月)根本は丹田呼吸法にある..
23.8〜23.10
(23年8月)自動車の音になってしまえ.. (23年9月)毒語心経が円了し.. (23年10月)諸法の仏法なる時節..
23.5〜23.7
(23年5月)木々も、葉も凛として.. (23年6月)自分という我にとらわれては.. (23年7月)禅定に裏付けられた真言..
23.2〜23.4
(23年2月)即今の自己が.. (23年3月)元から具わっており.. (23年4月)満開の桜を感じながら..
22.11〜23.1
(22年11月)吐く息は丹田に、吸う息は.. (22年12月)釈迦牟尼会、九十周年に.. (23年1月)完全無欠、かけがえのない..
22.8〜22.10
(22年8月)眼をすえ、敵陣に切り込んで.. (22年8月)呼吸法の大切さを.. (22年8月)打坐、般若三昧、経行、体操..
22.5〜22.7
(22年5月)恒例の「般若三昧」.. (22年6月)曼荼羅も茶碗も宇宙の真実.. (22年7月)有無の諸相を離れて..
22.2〜22.4
(22年2月)人生の「苦」、「修羅場」.. (22年3月)三昧を得る方法として.. (22年4月)西山禾山老師による..
21.11〜22.1
(21年11月)行い全てが三昧である.. (21年12月)無常を観ずる心.. (22年1月)期待するのは、我であり..
21.8〜21.10
(21年8月)ダンマが顕わになる.. (21年9月)故知般若波羅蜜多.. (21年10月)正装にて威儀を正し..
21.5〜21.7
(21年5月)右脳だけになって.. (21年6月)縁が尽きれば.. (21年7月)ブッダの仏教を求めて..
21.2〜21.4
(21年2月)究竟涅槃.. (21年3月)インターネットを通して.. (21年4月)これぞまさに禅味..
20.11〜21.1
(20年11月)遠離一切顛倒夢想.. (20年12月)作仏を図る、修行する.. (21年1月)セロトニン、坐禅の丹田呼吸..
20.8〜20.10
(20年8月)美しくも深遠な無常観を.. (20年9月)そのままで離れる.. (20年10月)仏法の要諦、般若三昧..
20.5〜20.7
(20年5月)一輪の花にも.. (20年6月)伝統文化の継承.. (20年7月)上虚下実、喝―ツ..
20.2〜20.4
(20年2月)当処すなわち蓮華国.. (20年3月)ご提唱、無智亦無得.. (20年4月)行く川の流れは絶えずして..
19.12〜20.1
(19年12月)坐禅会後、忘年会に.. (20年1月)新春初坐禅会..     

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