<<令和2年3月定例禅会>> 参加者:8名 会場:サンライフ長野

 コロナウィールスで世間は騒然としているので、老師には来ていただかない方が良いということになり、その旨連絡申し上げて、私たちだけの会になりました。従って「ありがとう禅」について老師に許可をいただくことはできませんでしたが、それは次回ということになり、2月の時と同じように1炷の坐禅の後、「ありがとう禅」の練習をし、私が提唱させていただきました。
 内容は、最近他人の過ちが許せない人が多くなってきたこと、ネットの炎上等では人が見ていないとなると悪辣なことを平気で言う、これが人間のおぞましいところです。私の心にもこのような事があるのですが、坐禅の目的は自らの至らない、ありのままの姿を見ることができるようになることです。
 何十年も坐禅の修行をやっても真実を掴むことはなかなか難しく、少しばかり坐禅をやったことを鼻にかけ、かえって自我を膨らめて、プライドばかりが強くなり、鼻持ちならない禅者が多くなってきました。
 読経、般若三昧、マントラ、ありがとう禅などで、声の力を借りて三昧を深くすることができれば、無我無心から本来の自分に立ち返ることができるのではないか。ありがとう禅をできるだけ取り入れて各人の修行が本物になるようにしよう。    (文責 桐山)



<<令和2年7月定例禅会>> 参加者:10名 会場:サンライフ長野

 コロナ禍関連の諸影響で、4か月ぶりの坐禅会開催となりました。予防対策(消毒・換気・マスク等)をし、時短かつ茶礼も割愛し、安全安心への配慮をした上で実施しました。
 2炷の坐禅の後、桐山主宰からご提唱をして頂きました。概要は、我々の心の在り様(唯識)を中心に、愚禿親鸞の「罪悪深重煩悩熾盛の衆生」(自らの罪深さや愚かさを知らず、外に向かって見栄をはり、かっこをつけて振る舞うために疲れ対立する我々)や、植木等の「ズーダラ節」の「わかっちゃいるけどやめられねぇ」(酒などの誘惑につい負けてしまうけれど、自覚してしなやかに生きる自分たち)という卑近な事例で、分かり易く説いて頂きました。
 誰もが懐いている心の闇や弱さを見つめつつ、坐禅に精進していく私たちの在り様を、改めて教示して頂きました。
 「ありがとう禅」を朗々と行った後、参加者から感想発表(久し振りに坐れたよさ・声を出す素晴らしさ等)がありました。また、今後の見通し(11月の正受庵坐禅会開催の可否・初心者講習会の検討等)については、状況をみながら判断するということになりました。       (文責 鈴木)



<<令和2年9定例禅会>>> 参加者:9名 会場:サンライフ長野

 今回もコロナ禍下での坐禅会で、本来なら龍廣老師をお迎えする予定でしたが、公共施設での開催のため、県外から来ていただくことが難しく、今回も地元会員 だけでの会となりました。
 ソーシャルディスタンスを確保し窓を開け換気を行いながら、マスク着用で実施しました。第1炷は、般若心経の書き下し文を読誦したのち、通常の坐禅を行いました。第2炷は、桐山主宰から呼吸法についての講話を頂いた後、ありがとう禅を行いました。
 講話の内容は、自他一如(宇宙とひとつになる)の心を体現する方法が中心で、具体的には、
@自我の我を一旦離れること⇒全身全霊で数息観や公案にうちこむ、(死んで生きる⇒即今只今自己に集中する)
A人間の耳には聞こえない領域の倍音を浴びること⇒声の力を借りての、「ありがとう禅」(浄土宗の念仏や、自然が奏でるせせらぎや葉擦れの音等からも倍音が出る)
B逆腹式呼吸法⇒気を丹田に集中させる(但し、捉われすぎると苦しくなるから注意も)
 第3炷は、ありがとう禅とともに『正法眼蔵菩提サッタ四攝法』の提唱をして頂きました。布施がとても大切で、貪らない心を日常での生活や人間関係に即して、分かり易く説いて頂きました。
 今後の予定(次回は10月4日、11月の正受庵坐禅会の開催の可否は9月理事会で決定予定)を確認し、三密を避けるため茶礼はせずに、感想と質疑応答のみで散会しました。        (文責:久恒)



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