<<令和7年5月18日 定例禅会>> 参加者:5名 会場:サンライフ長野

 葉桜が風にそよぐ穏やかな日でした。
 桐山老師のご提唱は、最近の出来事から気になっていることのお話でした。
 初めは、「一人でできることは少ないが、協力すれば多くのことを成し遂げることが出来る」(ナイチンゲール)という言葉で、信州新町でのコンサート開催体験に重ねて実感を込めて語られた。
 二つ目は、米国の政治学者のジョセフ・ナイの「ソフトパワー」(文化・外交等の非軍事で国際関係を構築)は、トランプの「ハードパワー」(ビジネス外交・軍事で交際関係を分断)と対極にあり、惜しい人材を亡くしたと話された。
 三つ目は、人工知能AI騒ぎに触れ、これは人間の根本思想に基づき、人間の知能を超えようとする野望から最後には「人間が要らなくなる」(森一郎)説まで出ているが、これについてはここでも協議したいと提案された。
 四つ目は、戦後直後に上野地下鉄通路などにいた浮浪児の新聞写真を見て、涙が止まらなかった。その悲惨な子どもたちが今の日本を動かしている。この子どもたちを生んだのは武力(戦争)であるが、これでは平和は作れないことに思いを重ねられた。五つ目は、憲法第9条に関わって、「武力の行使は永久に放棄する」「戦力は持たず、交戦権は認めない」の全条文を読み上げ、日本の危うく怪しい現状を危惧された。
 これを受けて、会員からも「量子もつれ」が宇宙規模で証明されているTVを見た、AIの基本はソフトプログラムを組むことだから、これを人間にとって正しく作り正しく使うことで、システム障害もAIの発展も恐れることはない。また、AIがどんなに発展しても、元々の情報は人間の提供した情報からの組み合わせであるから、人間の創造を超えることはあり得ない、などの意見が出されました。  (文責 峰村)



<<令和7年5月25日 定例禅会>> 参加者:6名 会場:円成寺

 前日の雨で木々も花々も生気を取り戻し、輝きつつもしっとり感のある日でした。
 桐山老師のお話は、以前に苦労して造った蛍用の水路の清掃等が、地区の人々に引き継がれもうすぐホタルが飛ぶ季節になったので見に来て欲しいというお誘い、また、一人ではできない事でもみんなと協力するとできるという教訓から始まりました。
 本題は、桐山老師の作曲の師匠である小山清茂先生についての講演を依頼され、この準備にまつわる内容でした。小山先生のご指導時の厳しさ(作曲した楽譜に記したテンポの不適切さを激しく叱責)などの思い出や、先生の数々の業績(信濃囃子・木挽き歌等)などが紹介されました。とりわけ、深沢七郎の小説「楢山節考」を元にした台本に作曲された音楽劇「楢山節考」について、楽曲の一部「山と山とが連なって、どこを向いても山ばかり・・・」を自ら歌いつつ、物語のさわり(貧しい時代に、自分の親を山に捨てなければならなかった残酷な悲話)等を説いて頂きました。「人間が生きる」事や「いのち」に関わる事がリアル(親を捨てる悲惨・残酷、これに絡む温かさ・慈悲)に追究されているので、講演でも取り上げたいと言われました。
 質問・感想を求められた会員からは、「楢山節考」を小説・映画・ラジオで見聞した強い印象や、人間が生きる根源を考えさせられた等の意見が出されました。桐山老師からは、一人オペラ「土佐源氏」の作曲を依頼されたが、エロチックな内容に戸惑って小山先生に相談し後押しされて完成したお話が付加されたので、人間の根深い諸欲望と禅とを考える機会にもなりました。



<<令和7年6月1日 定例禅会>> 参加者:5名 会場:サンライフ長野

 落ち着いた雰囲気の中での坐禅会でした。坐禅開始時に直日が「在家禅は生活禅です」と言った事を受けて、桐山老師が貴重な体験談を語られました。「生活禅のポイントは、物事を丁寧に行うことである。動作をゆっくり丁寧に行うと、その場や行為と心が一致する。これは物を大切にすることや人を大事にすることに繋がる。年齢を重ねると物事をゆっくりやらざるを得なくなるが、人間の本質に近づくように思う」と。続いて、桐山老師の庭に咲いた一輪のバラの花の写真をラインで発信した上で、「バラが咲いた」の歌を歌ったり、曽野綾子の「人は適当な時にこの世を辞退するのだ。それで・・・人間らしい尊厳を保つのだ。・・・孤独と絶望こそ人生の最後に充分味わって死ねばいい境地なのだ。・・・この二つのことを体験しない人は多分人間として完成しない。」という言葉を紹介されたりしました。
 桐山老師の現在の心境・境涯が重なっているように思われました。更に小山清茂先生についての講演(長野市南部図書館で約40名の聴講者)の概要を話されました。前会に準備のためにと言って紹介された小山先生作曲の「楢山節考」に加え、ご自身作曲の「方丈記」が中心だったようです。講演での臨場感を彷彿させるために、一部を高唱しながら披露して頂きました。通底するものは、無常観やいのちの尊厳であり、禅を修する私たちにとっても有益なお話でした。
 諸連絡では、6月7日の「山の音」演奏会の事、6月15日の正受庵坐禅会の事、7月20日の不二道場での坐禅会への参加の事、桐山老師の著書「禅を生きる」の英訳の第一稿ができた事、などの報告があり、一つずつ確認をして散会しました。



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