<<令和5年5月21日 定例禅会>> 参加者:8名 会場:円城寺

 桃やリンゴの実も膨らみ始め、初夏を思わせる日でした。
 桐山老師のご提唱は、6月の演奏会で発表されるご自身が作曲された歌曲、方丈記より「行く川の流れ」に関係したお話でした。この楽曲の元になっているのは、日本三大随筆の一つである鴨長明の「方丈記」の序の部分で、「ゆく川の流れは絶えずして・・・中略・・・消えずといへども夕べを待つことなし」です。これは鎌倉時代初期に書かれた名文で、随筆の底流には仏教の「無常観」があり、これがキーワードになっているとのことでした。
 遠い昔の鎌倉時代のことですから、他人事として捉えがちです。しかし、桐山老師は、現在の日常や生き方と結び付けた事例―昨年まできれいだった田んぼや畑が、今は草ぼうぼうの荒れ地になっている、昨日まで元気だった人が、今日は病に倒れている、また、現成公案冒頭の「花は愛惜にちり草は棄嫌いにおふるのみなり」など―を自分の事として感得できるように、説いて頂きました。
 無常とは物事は絶えず変化して消え去り、また生まれ変わるという事実です。これを自分の身で受け止めた上で、「ありがとう」・「わたしは幸せでありますように」・「道元禅師の現成公案」等々の言葉を繰り返し唱え・読誦すると、それが日々の言動に現れてきて、次第に執着心を離れ菩薩道(他の幸せを願い、苦しみを越え、平穏に生きる)が実現してくる、と教えて頂きました。
 6月18日は、飯島老師をお迎えしての正受庵坐禅会になることを確認して散会しました。



<<令和5年6月4日 定例禅会>> 参加者:6名 会場:サンライフ長野

 桃の節句も過ぎ、春めいてきた午後でした。
 ご提唱は、桐山老師が建立された「ありがとう地蔵堂」の縁日に因んだお話が中心でした。昨年3月のお彼岸に仏像のお魂入れ法要を行い、今年3月のお彼岸は石灯篭設置等で周辺整備も済んだところでの縁日となりますが、この縁日開催に至るまでの経緯が大変教訓的でした。
 石灯籠建立のための奉納金の集め方等をめぐって、ご近所のこれまでの永年にわたる人間関係も再燃し困難な状況が生じたとの事です。人間関係の度合いが濃い地域ほど、良い面(助け合い)も悪い面(恨み・辛み)も大きいことは世の常ですが、桐山老師はこの修羅場を持前の菩薩行・利他行でまとめ上げて縁日開催にこぎつけられました。
 当日は、親族・宗派を超えて誰もが参加できるように広く呼びかけ、「般若心経」で先祖供養を行ったり、「ありがとう」の唱念(念仏)で、参列者の心の融和も図ったりして、衆生救済への誓願が込められた縁日になることと思われます。このお話から、私たちの心に潜む怨念や憎しみとどのように向き合い、対処すればよいかを如実に教えて頂きました。
 また、思いを念ずると現象化(思いが叶う)することについては、量子論の良さと限界を弁えつつ、「自未得度先度他」という慈悲心・菩提心を前提にして行うことの大切さを強調されました。



<<令和5年6月18日 正受庵坐禅会>> 参加者:11名 会場:正受庵

 飯島老師をお迎えし、正受庵での坐禅会が開催できました。坐禅堂の外回りには本堂の屋根葺き用の茅が立てかけられていて、やや暗かったのですが、時折吹き抜ける爽やかな風の中で気持ちよく坐れました。
 午前の提唱は、私(峰村)が「一如」という題で担当させて頂きました。私たちはいつも例えば「身心一如」で生きていますが、この自覚が困難であることを、ワークショップで確認しようとしました。紙にインクで書かれた文字は視覚で捉えられるが、洗剤で書かれた文字は視覚では捉えられず、工夫(実験では水に浸す、実際には坐禅や観法)が必要になるという内容です。
 午後は、飯島老師が「碧巌録86則」をテキストにご提唱をして下さいました。本題に先立ち、ご自身の修行遍歴を語られましたが、師事された老師も岡田担雪・花本貫瑞・無得龍廣等と多彩な方々で、この修行中に得られた「三昧体験」や「公案を味わう」というご体験は私たちの心にも印象深く残りました。
 本題は、ひとりひとりは光り輝いているのに、見ようとすると真っ暗で真っ黒でみえない、これはどうしたことかという雲門の問いに、雲門自身が言葉で答えたことの真意は何かと、私たちに迫る展開でした。どんな言葉でも言葉について回っていたのでは真相には届かない、従って、物事・物心の真相は全て坐禅などで体感・自得せよ、ということを懇切に示して頂きました。
 ありがとう禅・墓参の後に、桐山老師の進行で茶礼を行いました。各人が感想を述べたり飯島老師がかつて修行された公案を参加者がその場で考えたりしました。飯島老師からは、公案(言葉)に窮するところから見解が出てくると示され、関連して「ありがとう禅」で言う音声も無明を打破するもので、人格化するまで繰り返して欲しいと講評されました。
 茶礼及び一日のまとめとして、桐山老師からは、正受老人の大切な辞世の句、「坐死」の「不道 不道」の真意を説いて頂きました。
 数名の有志でしたが、飯島老師のご慰労と中村さんの歓迎会を兼ねて懇親会を行いました。様々な話題で盛り上がり、前途多難な中にも、光明を感じ元気をもらいながら散会しました。                    (文責:峰村)



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