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見事な紅葉に秋たけなわを感じる日でした。桐山老師は、柿もぎの際の打撲で身体の痛みをおしての出席でしたが、桐山老師のこの会に懸ける情熱・熱意に、敬意とともに道を求めることの気高さを感じました。
ご提唱は、紅葉に絡めて「峰の色 谷の響きも さながらに 我が釈迦牟尼仏の 声と姿と」(道元)を引用し、真実の在り様と言葉との関係から入られました。工夫して表現した大円鏡智の図を示し、言葉は真実そのものではないこと、自分と他は本来一つであることなどを念入りに説かれました。
仏祖は、言葉で真実を表そうとしたが、この言葉は月(そのもの自体)を指す指であるから、そのものを素直にそのまま捉えるには直観が必要で、坐禅などの禅経験が大切であることを強調されました。
ご提唱の本題は「無我」で、これを様々な角度や事例―ニールス・ボーアの相補性の原理や刀匠宮入の「極意は言葉では教えない」など―を用いて懇ろに語られました。
質疑では、中村さんの疑義(「無を媒介にして」や「月を指す指について」など)を巡っていろいろ解答や意見が出されました。それでもなお、「指す指を理解したい・指はどういう方向を指しているのか」「ものに成り切ると言うが、「空」は二つあるのか」「真実をそのまま捉えることは可能なのか」という素朴かつ根底的な疑惑は残りました。しかし、この問題提起は他の会員の禅理解を深める契機にもなり、更には会員拡大への糸口にもなり得るという意味でも、大変貴重な時間となりました。
最後は、久しぶりの「観音禅」による倍音で、気持ちよく帰路につくことが出来ました。
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