■私と仙道
高藤本
私と仙道との出会いは高藤聡一郎氏の本と出会ったことが始まりである。中学1年の国語の教科書に芥川龍之介の杜子春とかいう話があり、その杜子春の話の中に仙人が出てきたことが憶えている。
私が高藤本と出会ったのは1982年頃である。書店で大陸書房の「仙人になる法」等を見たのが高藤本との出会い、です。
「仙人になる法」「仙人入門」等の本を書店で目にした時、一目惚れの女性に会ったようなインパクトがあった。今でも「仙人になる法」の本を目にしたのがどの書店でどのコーナーだったかはっきり記憶しています。
その書店には「仙人になる法」の他、大陸書房から「仙人入門」「仙人不老不死学」「現代中国の仙人」「仙人瞑想法」等の本があった。
私は一日では買わなかったがその書店に何度か足を運び「仙人入門」「仙人になる法」「仙人不老不死学」「現在中国の仙人」を買った。「仙人瞑想法」は買わなかったが後から考えると買っておけば良かったのに、と思った。
「仙人になる法」等の本を読んでみて、その時は若かったからこれで仙人になれるかはどうかは分からなかったが、一日一時間コンスタントに武息をしたり瞑想をしたり、ということで、一日一時間も2、3ヶ月あるいは半年でいい、というものではなく一生コンスタントに続ければならない、と思ったので今は一日必ず毎日一時間の修行はできないがいつかやろう、と心に堅く決めた。
そして「仙人になる法」等の本を買った次の年学習研究社から高藤さんの「秘法!超能力仙道入門」とたま出版の「悠かなる虚空への道」を買った。それらの本を買ってもやはり仙道は毎日一日1時間以上コンスタントに修行に当てなければいけない、ということで今はできないがいつかやろう、と心に決めた。
私は仙道の行は今できないがいつかやろうと堅く決心したので買った本はなくさないようにとっておこう、と思った。
仙道修行のきっかけ
私は比較的若い頃高藤さんの「仙人になる法」とか入手していたので何となく仙道のやりかたはわかっているが、なかなかやるきっかけとなるものがない。
35過ぎた頃東京の「西野流呼吸法」に行った。西野流呼吸法の違いは分かるようになったが、本に書いてあるように痩せたり、その他本には書いてないが、白髪がなくなり髪の後退している部分に髪が生え虫歯が抜け替わるのなら私は東京まで行くがそういった劇的な変化がないのなら東京まで行かない。
確かに虫歯が抜け替わる即ち虫歯に成った歯が抜けて新しい歯が生えてくるのなら私は一ヶ月5万円かかっても熱心に東京へ通いますね。(注:虫歯に成った歯が抜け替わる即ち虫歯になった歯が抜けて新しい歯が生えてくる、そんな方法を考えれば考えた人は世界で指折りの大富豪にもなれる、と思います。)
西野流呼吸法は暫くしたら行かなくなったが2度ばかり西野先生と指導員の対気を見て自分も西野先生のようなパワーを身につけたいと思いインターネットでヤフーで「気功」で検索したらそのころ天野さんの仙道のページが気功で検索できてそれで仙道をやろう、と思った。
仙道の「仙人なる法」とかの本はなくさないでとってあったので調息、武息をやろうと思った。
高藤本で思うこと
高藤さんが本を書いてくれたおかげで私は仙道の修行ができる。
他の人の仙道の本ではわかりにくく書いてあるが高藤さんの本は分かりやすく書いてあって実際に修行をすることができる。
私は高藤本を手に入れたことで仙人の学校の入学の募集要項だけは入手できたような気がする。入学の募集要項があるのならあとは入学できるかは努力するだけ、という気がする。
高藤さんの本のおかげで仙人というのがある程度分かる存在となった気がする。国語の辞書で「仙人」と引くと「@山中に住み、不老不死の法を修め、神通力を持つという想像上の理想人物。A無欲で世間ばなれした人を軽くからかう気持ちでいう語」国語の辞書から分かるように普通仙人とは想像上の人のように思われているところがある。
想像上のものとは竜というのは実際にいない、あるいはサンタクロースも実際にはいない、仙人だって実際にはいない、とも思ってしまうが高藤さんの本を読んでみて、仙人はいる、それで仙人になる方法もある程度は分かった、と思っている。